中性子でがんを治療するBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)は、がん細胞だけを攻撃出来る画期的な治療法ですが、一時は研究が頓挫しそうになりました。原因は東日本大震災での原発事故以降の原子力への逆風です。
がん細胞だけを死滅させることは、がん制圧の課題
正常細胞には影響を与えず、がん細胞のみを死滅させる技術の確立は、がん征圧の大きな課題です。手術では腫瘍を組織ごと切除するため、飛び散ったがん細胞は残ってしまいます。放射線は、重粒子線や陽子線などは腫瘍を狙って照射することが可能ですが、正常細胞を完全に避けることは出来ません。抗がん剤はがん細胞だけを攻撃するわけではなく、がん細胞が正常細胞よりも頻繁に分裂することに着目し、分裂中の細胞のDNAをばらばらにしてしまう薬なので、分裂中であれば正常細胞も巻き添えになり、分裂していないがん細胞は生き残ります。
ちょうどがん細胞1個を破壊するエネルギーが発生
放射線を利用した「BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)」は、放射線治療でありながらがん細胞のみを攻撃する治療として、研究が進められています。がん細胞が選択的に取り込むホウ素の化合物を、患者に点滴した後、エネルギーの低い中性子を患部に照射します。中性子は体内を通過し、がん細胞に取り込まれたホウ素と反応し、リチウム核とα線に分かれるのですが、この際に大きなエネルギーが発生します。このエネルギーが及ぶ範囲は、ちょうど細胞1個分。このエネルギーによってがん細胞だけを破壊してしまうのです。
原発事故以降、BNCTのために原子炉も停止
BNCTの問題点は中性子をいかにして発生させるかでした。従来は原子炉しか手段がなく、巨額の費用と広大なスペースが必要でした。国内では京都大学、日本原子力研究開発機構などで研究が行われてきましたが、東日本大震災による原発事故以来、国内の原子炉は安全確認のために停止され、京都大学も日本原子力研究開発機構も再稼働の目途は立っていません。これによって画期的な治療は一時、研究が頓挫してしまったのです。
加速器を使うことで、BNCTの普及が現実的に
しかし、このような状況の中、BCNTを開発する研究者たちは、原子炉よりも小型の加速器を使って、陽子線を発生させることを実現しています。京都大学では陽子線をベリリウムに当てて、陽子線を発生させていますが、2012年からはの悪性脳腫瘍の治験を進めています。また、2015年に国立がん研究センターに導入された加速器は、電源や冷却装置などの周辺の設備を含めても、20m×22mの部屋に収まり、費用も原子炉が数百億円かかるところ、その10分の1程度で済むなど、多くの医療機関に普及させることを、現実的な目標にしています。
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