心不全の薬が肺がんの転移を予防
心不全では一般的に使われる薬に、
注目されるドラッグ・リポジショニング
日本発の新薬であり、従来の抗がん剤とは全く異なる作用機序ということもあって注目されたオプジーボですが、年間3500万円(後に半額に値下げ)という薬価の高さが問題視され、新薬の開発に巨額の投資が必要であるという事実を浮き彫りにしました。がん患者が減らない以上、がんの新薬の開発は増え続け、莫大な開発費は薬価に反映されることとなります。そんな中、既存の薬を別の目的で使用するドラッグ・リポジショニングという手法が注目されています。
ハンプを投与すると、肺がんの転移が減少
心不全の薬「ハンプ」は肺がんの転移を防ぐ薬として治験が行われています。肺がんは最も死亡者の多いがんであり、転移の抑制に効果があれば、患者にとっては大きな朗報でしょう。この治験を手がけている国立循環器病研究センターの野尻崇医師は、元は心臓外科医でした。異動先で肺がんの手術をするようになり、術後の心臓への負担を減らすために、心臓外科では一般的だったハンプを処方していたところ、不整脈や合併症が減るだけでなく、再発も減っていることに気がついたのです。ハンプを投与しなかった77人のうち、2年間で再発・転移しなかった患者は67は67%であるのに対して、投与した患者では91%に上りました。
ハンプは血管の炎症を取り、転移の足場を作らせない
野尻医師はマウスを使った実験などで、ハンプに様々な血管の炎症を取る働きがあることを突き止め、それが肺がんの転移防止に繋がる上での仮説を立てました。術後の血管は炎症を起こしており、そこに手術で取り切れなかった微小ながんがくっつくことで、転移の足場になるとが考えられ、ハンプはこの炎症を取ることで、がんが根付くことを防ぐというわけです。
特許が切れている薬では、利益が望めない
しかし、治験への道程はスムーズではありませんでした。野尻医師はハンプの販売元に共同での研究を持ちかけましたが、実現には至りませんでした。理由は、ハンプの特許が既に切れており、肺がんの転移予防薬として承認されても、簡単に競合の製品が出てくることが予想され、利益が出ないということでした。野尻医師は幾つもの製薬メーカーと交渉し、漸く塩野義製薬からの支援を受けられることになります。現在は国家プロジェクトにもなったこの治験、順調であれば3年後には結果が出ます。
ゼロからの開発よりはるかに安価なドラッグ・リポジショニング
新薬の開発には数百億円、場合によっては数千億円という莫大な資金が必要であり、さらに高騰する傾向にあります。今回、ハンプの新たな治験では野尻医師は資金集めに苦労されたようですが、ゼロから開発することを考えれば、はるかに小さな金額に過ぎません。製薬メーカーは基本的には利益にならないことはやらないでしょうから致し方ないところはありますが、医療費の増大、薬価の高騰が問題になる昨今、せめて行政はこうした第二の創薬といえるドラッグ・リポジショニングにもっと力を入れてもらいたいものです。